子供との向き合い方

子供の死生観教育 ~お墓参りを通して伝えたいこと~

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先日の大雨で延期していた、お盆のお墓まいりに行ってきました。

夏休みの最後の週末、コロナ禍の外出自粛生活でどこにもお出かけしていないので、今回のお墓まいりが、なんと夏休み最大のイベントになりました。

お墓参りは子供に「生と死」について考えさせる良い機会です。

今回は、死生観教育についてのお話です。

死生観とは ~家系図を使って息子に説明~

死生観、あまり聞きなれない言葉ではないでしょうか。

色々定義はあるようですが、

死生観とは、その名の通り「生きること、死ぬことに対する個々の考えかた」のことです。

日本の中では、自分の宗教を信念をもって信仰してらっしゃる方も多くいますが、

多くの日本人は「普段から宗教に触れない」ことが多く(厳密には家庭によって一応宗派が決まっていることが多いのですが)これを「無宗教」と呼ぶ場合も多くあります。

クリスマスには賛美歌を歌い、新年は神社にお参りに行く、

海外の方から見れば、この行動は「?」だそうですよ。

海外では各々が属する宗教がこの死生観について教えを示していることが多いと言われています。

なので、普段から宗教に触れる機会の少ない日本人にとって、宗教を通して死生観を形成するというケースは少ないと言われています。

さて、息子に突然「死とは…」と語りだしても、子供はビックリしてしまうので、私はお墓参りの時に生と死について話をするようにしています。

息子はまだ5歳なので、難しいことは分かりません。

また、私が結婚する以前に夫の両親は他界しているので、息子は父型の祖母には会ったことがありません。

ですので、

「パパとママにもパパとママがいて、あなたの子供が生まれればあなたもパパになるのよ。」

ということをまず話しました。

いっぱい出てきたパパとママの言葉に、はてなマークの息子。

今度は簡単な家系図を紙に書いて、絵をもとに説明しました

家系図にするとなんとなく理解したようですが、正直なところ、家系図だけで息子はもうお腹いっぱいの様子…。

5歳の子供の理解度ってこんなもん?何かを一から説明することって難しいとつくづく思います。

ということで、とりあえず前日に家系図の話だけして、お墓参りの際に「ここには誰彼の骨が入ってて…」と少し説明を付け加え、その日は終了。

「人はなぜ死ぬの?死んだらどうなるの?」

という二時間目の授業は次回に持ち越すことにしました。

先日買っていたクワガタが死んだとき、「動物はなぜ死ぬのか?」と聞かれ答えに詰まってしまった私。

二時間目の授業の指導案について普段から考えておこうと思います。

子供に人や動物の死について聞かれたら ~死を通して生を見る、死生観教育~「ママ、人や動物はなんで死ぬの?」 と息子に聞かれたのは、一か月ほど前のこと。 あまりに突然のことで、しばらく沈黙… ...

死生観を持つメリット ~生と死は隣り合わせ~

死をタブー視する考え方があったかつての日本。

私の祖母も、「死について考えるなんて縁起が悪い」とよく言ってました。

でも私は、死は身近にあるものとして息子に話しておきたいと思っています。

生まれてくるから、人は死ぬ。

生と死は常に隣り合わせなのです。

数年前から朝活や婚活に並んで、就活ならず「終活」を行う人も増えてきてますよね。

死をタブー視せず人生の終着点としてポジティブに捉えて残りの人生を謳歌するということろでしょうか。

時代は流れていくものです。死生観も時代の流れに乗って今後もどんどん変化していくのでしょうね。

さて、この死生観、それを持つことのメリットとは何でしょう。

まず、大切な人やペットに死が訪れたときに、しっかりとその死について向き合うことができます。

悲しい感情はもちろん芽生えるけれど、「これは自然の摂理だ」と理解して、その悲しい感情を受け止めて消化することができるのです。

次に、死に対する不安や恐怖も軽減されると言われています。病気になった時でも「残りの時間を充実させよう」と前向きに生きていけることが多いのです。

また、先ほど話した「終活」は自分の人生を整理していくことで、自分にとっての良い最期を迎えらることに加え、残された家族の負担を軽減するというメリットもありますよね。

 

死生観は必ず持たないといけないものではないし、正解もありません

死生観は、個人の育った環境や価値観によるところが多いからです。

幼いころに両親を亡くして育った60歳と、90歳を超える元気な両親を持つ60歳とでは、死生観も全く異なるものになるでしょう。

人によって異なる死生観、でも死について考えることは、生について考えることにつながります

人生の終わりをどう迎えたいかを考えることで、やり残したことが明確になり、今を今後をどう生きたいかを考えることができます。

ドラマで、余命宣告をされた主人公が残された人生を悔いなく生きようとするのは、余命宣告によって死と直面し、同時に生についても考え始めるからです。

死生観をもつことで、人生を前向きにとらえ生きていける、

だから、5歳の息子にも「生を受ければ、やがて死が訪れる」ということを早いうちから少しずつ伝えていきたいのです。

お盆やお墓参りは死生観教育をする良いチャンスです。

あなたも、お墓参りの時にちょっと時間をとって、生と死について子供と話してみてはいかがですか?

人生は、有限! だから今を楽しむのだぞ、息子!

結局、いつもこれを伝えたい母ちゃんなのでした。

 

繊細さわこのひとりごと

死は人生の終末ではない。生涯の完成である。

~ドイツの宗教革命家 マルティン・ルター~

人の人生は、死をもって完結する。と言ったところでしょうか。私の人生、まだまだ通過駅、私はどちらかと言えば鈍行列車のようですが、鈍行列車でも急行列車でも、その景色やスピードを楽しんで進んでいきたいと思います。

 

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